遠くへ
仕事に追われているあいだに1月も終わりかけに。関西の遅い松の内もとうに明けましたね。
大晦日と元旦は休みシフトだったものの、年間休日96日の仕事なもので、季節感は殆どないし、付き合いの長い友人との挨拶はすっかりSNSで済ませるようになってしまいましたが、それでも頂いた寒中お見舞いや年賀状を何度も読み返し、台湾の方からいただいた新年祝いのプレゼントやカードに華を感じたりなどしていました。台湾の食べ物全部おいしいすごい、パッケージを読むのも楽しいです。
それにしても触れられる手紙や葉書やカード、綴られる優しい言葉、ひとの書いた文字、本当にほんとうに嬉しいものです。ありがとうございます。死んだ顔して帰ってきた日でも、触れれば心にあたたかい血が巡りなおす思いです。
2021年はプライベートでも仕事でもモヤモヤする出来事が多く、秋以降は会社が混乱状態に陥ったこともあり、全体を通した印象としてはお世辞にもいい年ではなかったなあ。
その代わりとばかり、とびきり大きないい出来事…夏のイギリス行き、コミティア、冬の大山、そして感染リスクを警戒しつつ会えた友達、…鬱屈した淀みの中に、そうした光が点在しているような年だったように感じる。
正直しんどかった! でもかけがえのない経験を出来た重要な年だ。
2022年を迎える前に、一体どんな一年になりそうかを考えていた。でも全然分からなかった。
会社は…現在進行形のことだしとてもオープンな場で書いていいものじゃないけど、とっくの昔から組織として滅茶苦茶な状態で。積み上げた様々な負債が大きすぎて、いっそ倒産した方が楽じゃないかと思ってしまう惨状。
私個人としてはひとまず実家に帰って貯蓄のペースを上げたい気持ちが強まっていた。ふわふわの小さな家族もいるしね。
そして何より、イギリスで暮らしてみたい。YMSが欲しい。でも完全ランダムで無作為な高倍率抽選に当選するかは全然分からない。
年が明けた時点で、次のお正月に自分がどこに住んでいるかも分からない状態だった。
ただ望みとしては、もう今暮らしている部屋で次の年を迎えたくない。
そんな感じで落ち着かない気持ちでそわそわしていましたが、今日のお昼前、ひとまず次のお正月の居場所は決まりました。
なんとYMS当選! 久しぶりに興奮で手が震えた。
夏の初めを目途に渡英して、昨夏滞在したオックスフォードに住んでみる心づもりです。
1922年の英エヴェレスト遠征から100周年、そして2年間滞在可能であるため1924年遠征から100周年記念のタイミングもぎりぎりカバーできるベストタイミング。
実際どれほどかは不明ながら、倍率の高さを思うと信じられない幸運だ。
応募2回目での当選というのもなかなか…そもそも30歳までという時間制限的に、一度も当選しない可能性さえ十分にあったのだから。
掴んだ幸運を最大限活かせるよう、勉強や下調べ、現職のこと、引越し準備や日本でのやり残しを進めていこうと思います。おお積読の山よ…。
なんとなく、今回は当選ワンチャンあるのでは? という楽観的な予感があって。
でもそういうことを口にすると叶わなくなりそうだなという気持ちもあり…迷信だと苦笑いしつつ、黙って応募して、黙って当落通知を待っていた。
こういう迷信が抜けないと、いい予感というのはいつだって後出しじゃんけんになりますね。逆に悪い予感がしたらさっさと口にして笑い飛ばしてしまうのに。
昨夏は応募締め切りから3日後に外れた通知メールが届いたけれど、今回はそれに比べると遅かったので随分そわそわした。抽選日と結果が数日後に出ることだけ伝えてあとは何も言わず応募して黙り込んでいたので、実家の両親は触れていいものだか困っていたらしく申し訳ない。
今回、そして7月の2022後期抽選でも落ちたらアイルランドワーホリに応募して、いずれにせよ次のお正月は海外、もしくは渡航準備のため帰省した実家で迎えるつもりで考えていたので、昨夏ほど今の仕事や環境から逃げたいというマイナス方向の切羽詰まった感覚はなかったのだけれど。でもこのタイミングでの渡英がベストなんだ。
昨日の午後、帰宅するまでメールが来なかったらTwitterで「YMS 2022」を検索してしまおうと決めて帰り、まだ結果が出ていないことを確認し。
21年内に崩すつもりでいたのに、感情が重たくてすっかり遅くなってしまったパイの『ジョージ・マロリー』をとうとう読み終えて、眠り。
朝起きてスマホを見たら「GOV.UK」からのメールが届いているので一瞬ぎょっとし、それからYMS関係のアドレスは別だったことを思い出し。(昨夏の渡英のために政府の発表する入国規制関係のページが更新されたら通知メールが入るように設定したままになっているんだ。)
ぎょっとしたせいで二度寝もできず、落ち着かない気持ちで布団の中昼前までごろごろしていたら、今度こそYMSの当落通知メールのポップアップ。
起き上がり正座して、Aviici の Waiting For Love を流し始める。最近仕事でひとり車を走らせているとき、ループし続けては口ずさんでいる3曲のひとつ。
これで落ちていたとしても、貯蓄と英語準備の猶予が伸びる。いずれにせよ来年にはここを去ってイギリスかアイルランドへ行ける。マイナスもあるけどプラスだって大きいからしょげることはない。そう確認して、十分していたはずの心の準備をもう一度整えてメールを開く。
……文章が長い。
昨夏の落選メールは、開いたらすぐ英文の下にある落選を知らせる邦文も見えていたのではなかったか。
期待するのをまだだと抑えながら英文を読む。当選している。これからの手続きについての案内が長いメールに書かれている。
邦訳文も確かに当選を報せている。
意志あるところに道は開ける、美しいね…(曲解)
念願のビザが最高のタイミングで手に入ることに喜びもひとしおですが、半年以内に準備を済ませないといけないこと、日本でやっておきたいことが山ほどあるので色々と前倒しで頑張っていきます。
両親も祖父母も喜び祝ってくれて、なんだか受験の合格が決まった時みたいでちょっと懐かしかった。
マロリーとアーヴィン、ちょうど100年を隔てた1920年代の遠征とその背景となる土地を、歴史を、空気を肌で感じ、日本から行くのではなかなか時間や金銭的都合が難しい部分を目いっぱいカバーできる2年間にしたい。
自分自身の経験を積むことも勿論だけれど、追っている人の姿がもっとよく見えるようになったらいいな。
いまいちど、年の初めにいただいた便りの一枚を見返す。遠く高く白い山と、今目の前に広がる穏やかな樹々ある景色に、伸び曲がる道を並び歩いていくふたりの背を描いた水彩画。
そのふたりの旅路を、私の、私たちの旅路を想い、果たしてどんな道行きになるだろうと考えていた、受け取ってから今朝までの気持ちを思い出す。
まあどんな旅になるものか、少なくとも自身の道については立ち込めていた濃霧がいったん晴れただけで、目指す場所へ繋がる筋を歩けているものか、これがしても差し支えない寄り道…あるいは通過を許された景観ポイントなのか、方向感覚が仕事をしているかは今でも怪しいものだけどね。
昔からずっと、誰かを探し、誰かの物語を楽しむような心持ちが強いけれども。それでも私は私の人生を、いくらかは実りあるものにしてみたい。自分で登るという行為は己のものとして受け入れられる歓びの最たるもので、さてこの長い渡英の機はどうなるかというところ。
形而下の自分には形而上の己の器以上の価値はないし、自分のために最低限以上頑張るのは難しいけど、己のためにはもう少し頑張れる。
大学生の頃、何者にもなれないことに悩んで泣いていた繊細さはもう無くて、逆に何者にもならず隙間を転がり続けていたい怠惰が身に染みてしまったことを、最近友人の姿を見ながらつくづく感じている。でもこのとき自分が想定している「何者か」というのは恐らく大いに他者基準であって、まあ、別にそんなものにならなくてもいいなと。他者へ生きていく上で仕方ない範囲を超える迷惑をかけない限り、己にとって何か意義のある己であれば。
己への報酬たる最大のものとしての最高の死に方についてずっと考えているけど、こうなれば一旦目の前の価値ある人生を得る機会に集中したいものです。
遠く高い山だけが人生じゃない。最後に目指すものはそれでも、そこまでに選び通る道も、(最終目標に障らない限りという条件付きだけど)色々と寄り道して楽しみたいな。
私は草木なき自然の無機的な景色、そこに落ちる冷たい色彩と宇宙に近い朝陽や夕闇が好きだけど。それでもマロリー、あなたの書き綴ったインドという経過の光景はとても美しかった。
水彩の背の通りゆく道程が、素晴らしいものでありますように。ゴールがどこでもいい、どうかたどり着けますように。
歩みゆくやさしい人たち皆の、よき旅路を願っています。