CampⅦ

1920s Mt.Everest Expedition

EverRestについて③ - 装幀ルックバック

 表紙が出来上がるまで、込めてもらったもの、フレーム外の話、書籍版などについて。

 ラフ掲載許可もいただけたので、経過と共にお楽しみください。

 

 記事が長いので続きから!

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表紙ができるまで

 今回表紙をお願いしたのは友人のCさん。彼女の絵が好きなこと、付き合いが長く人となりを知っていて信頼でき、そして何より彼女もまた過去に生きていたある人物を想い、誠実に向き合い続けているその姿勢を尊敬していることから、表紙をお願いしました。ご快諾いただき素晴らしい絵を描いていただいたこと、そしてお忙しい中でも大事に向き合ってくれたこと……ほんとうに嬉しく、何度お礼を言っても足りません。

 彼女に表紙イラストを引き受けていただけることになったもののイメージがわかず、最初に自分が提出した案が一枚目。表紙デザインについて少し話を聞いてから出したのが二、三枚目。今見返すとホラー・怪奇色が強そうですね。

 三枚目の画像の中で言っているPDFというのが以下。日本語ガバガバでお恥ずかしい。

 自分としてはデスゾーンの厳しさとそれに伴う無機的な美しさを愛しているつもりですが、それでも最初からこの舞台にミスマッチな花を入れたがっていたのは、そこかしこで触れている「英国では彼らのために遺体のない葬儀が執り行われた」というエピソードの印象が強いのが大きな理由です。

 それ以外にも、

  • 山頂には登頂者が記念に置いていった旗が大量に置かれているが、個人的にあの光景が好きではなく、同じカラフルさを添えるなら花の方がいい。
  • "エヴェレストの幽霊たち" への手向けの花。
  • デスゾーンの非生命っぷり、彼岸と此岸の狭間を歩き回っているような「エヴェレストの幽霊」、花という生の代名詞めいた存在……として対比を取りながら配置できる。
  • デスゾーンと提示せずとも雪山と花の組み合わせは違和感が強くて非日常感を出せる。
  • 花言葉が好き。

 ……などといった理由がありました。

 

 そしてCさんから頂いたラフ案が二種類。

 まずひとつめの案が、私の提出したラフに近いもの。

 風の強い中で悠然と立つ感じ、カメラ越しに目が合う構図など、自分で出したものベースではあるのですが、ラフにして頂くとまたひときわいいな~ッとどきどきしてしまいました。それに悪戯っ子みたいな表情というのがかなり良くてね! 収録作の傾向次第ではこちらが採用になっていたかもしれません。

 とはいえ、実際に表紙にしていただいたのはCさんの出してくれたふたつめの案でした。そのラフがこちら。

 もう軽やかさ鮮やかさに感極まってまだラフなのに泣いてしまって、見返す度に涙ぐむ日々が何日も続きました。今見返しても喉がつまるくらい嬉しいな……。

 「エヴェレストの幽霊」に軽やかさのイメージを期待している、という話はもうそこかしこでしている気がしますが、この絵がまさに探し求めていたものの極みのひとつみたいな画で。本当にありがたいことに、自分の技量や引き出しの壁に阻まれて届かなかったところに触れるような絵を頂きました。

 アーヴィンが遠征についてインタビューされたとき、意気揚々と「天国になるべく近いところまで登るのがアルパインクラブの義務です!」と答えていたエピソードの印象が強く(収録作Burnt Our Bridgesで軽く触れているインタビューがこれのことです)、同時にエヴェレストは過酷なものだから天国に一番近い場所は天国になり得ないという考えもあり。そういう場所だからこそ冒険に価値が生まれる部分もあるのですが、でもやっぱり幽霊にくらい天国みたいな頂があってほしく思います。その苦しい歩みの一歩一歩にたしかに価値があると信じてはいても、幽霊がいるなら死後までは引きずらないでほしいなあ。あの山に軽やかな歩みがあるならそれは死者の特権であり、センチメンタルだと自覚していてもそんな夢を見ていたいです。

 収録作にもこうした節が見えている話や場面はちょこちょこあって、そういうものが収録されたこの本の表紙なら是非にこちらで! といった具合に即決でした。

 多分当人は明るい場所で明るいニュアンスの振る舞いをしているだけで、でもこちらからの見え方は影の落ち方や伸ばした手の先が見えないとか、不穏さや未確定要素がいくつもあって……というのも死者と生者のルールが乖離している印象を受けてぐっときました。こちらを向いていないのも乖離感強まっていい。
 「おーい撮るよ」って合図している感じなのもすごくすごく素敵で! 頂で撮る、という要素をこういう風に盛り込む案が出てきたのがとても嬉しかったです。通話でお話ししている際、この腕について「ゾンビ映画のガッと墓から出てくる感じ」という表現があってフフッとなりました。ちょっと日本人感覚すぎますが、この連想もあってマスクされた表紙を見たとき『蜘蛛の糸』もうっすら思い出し、正しい埋葬や旅の終わりという意味でハッピーエンドを示唆する雰囲気にも取り得るかな~なんてことも思ったり。未解明って楽しい。

 これまでは、自覚的には「超人のように語られる人々が温かみと豊かさのある人間味を備えていることが嬉しい」と感じることがあるように思っていましたが、多分より正確には「そういう人たちが全力を尽くしてあの頂を目指し挑んだ」ことが嬉しく眩いんだなと、手が届いてなかったところがひとつすっと落ちました。

 

 さて、ちょっと脱線するようですがここで少しキャラデザの絡む話も。

 自分のTwitterアカウントではちょこちょこ絵を描いてあげたりなどしていますが、あの「サンディ」は元々マロリー・アーヴィンの物語をフックとして作ったCoCシナリオのNPCのデザインをアバターとして流用したものです。だから要素(髪や瞳の色、体格など)はある程度共通していても、意図的にモデル人物に似ないようにしたキャラクタライズが強いものになっています。

 それでも基本的にそのままのつもりで描いている彼らの服は実用性の高いもので、言ってしまえば絵としては地味なものだと思います。そのため資料になる写真(あの有名な集合写真)や絵について伝えつつ、細かな部分のアレンジはお任せすることにしました。このあたりどう描いてくださったかもじっくり見て楽しい部分ですね。

 一応自分がどういう感じで描いているかを伝えるのにこんな絵を出していました。嘘の靴は多分折り返しのあるハイカットブーツのような構造のイメージだったのだと思います。

 靴についてはサンディ本人のものは充分と思えるほどの資料が見つからず、あくまで当時使われていた鋲靴のサンプルとしてマロリーの遺品について伝えていました。格好いいから見えるように描きたいと仰ってくださったのが妙に嬉しかったです。

 

 そしてカメラのサイズ感やテスト印刷の色味などを見て調整していただきつつ、完成した表紙の全体図がこちら。

 はてブロだとかなり画像が縮小されてしまうので、是非PDF版Twitterの告知などでご覧ください(全体図はTwitter告知が一番高画質です)。

 ちょっとクサい話になりますが、死者の絶対性に生者は介入できない、というのが自分の思想のひとつです。少なくともこの短篇集では、"エヴェレストの幽霊" との邂逅や一時的な交流はあっても、川を隔てたままでは根本的なところで交わることは出来ない話ばかり書いていると思います。表紙では、"幽霊" と視線が合わないどころかこちらを見てさえいない、彼が見ているのはきっと同じ岸にいるひとで、それでも対岸からファインダー(幽霊を見出す脳というフィルター)越しにその一幕を夢見ているんだ、という感覚を見事に落として込んでいただいたなと……言語化するとこういうことになると思います。

 本の中でも書いたように、どうやらマロリーとサンディが合流すると、自分的にはその先は幽霊譚というより新たな冒険譚が始まってしまうようです。収録作は幽霊の「終わり」がはっきりしないものばかりですが、それでもBlood and Sand... をフィクションパートの最後に置いたのは、一旦ここで本を閉じた時、「その先」へやっと手が触れる瞬間を感じさせるこの絵に感覚的に繋がったらいいなあという思いからでした。裏表紙が真っ青なのもまた素敵。

 エヴェレストの親切な幽霊の話をする人たちは大体「当時は普通に受け入れていた(なんなら当たり前に会話したり食料を分けたりした)けど、よく考えてみたら絶対おかしいよね」という旨のことを言うので、「パッと見天国みたいに美しいし楽しげだけど、ちょっと冷静になってみれば色々おかしい」図は今回の話にぴったりだな~と思っています。不穏な要素も織り込みつつ、それでもやっぱり、明るいニュアンスだと受け取っていいはずだと思える最高の表紙です。本を手に取った方にもそういう「エヴェレストの幽霊との遭遇」体験をしていただけていたら嬉しいです。

 

 完成版でもフレームの外まで描いていただいていて、その全体図がこちら。

 こちらの高画質画像も是非Twitterでご覧ください。フレームの外の身体が語る情感、未だ見る度にうるっときてしまう。

 本では、その右手が何かを掴んでいるのか、それとも手を振っているのか分からないままですが、真相自体はちゃんとあるのです。ラフ段階でフレーム外まで描いていただけるか尋ねた時、其処に在りながら見えないことに意味があるといった答えが返ってきたのが印象的でした。

 本の中では解説も含め絶対に「フレームの外」を明かさないと決めており(死者が生者にすべてを晒す必要は無いし、当たり前に期待するのは傲慢だなと思うので)、そのまま貫きましたが、それでもこちらのバージョンのイラストも何かしらの形にしたくてポストカードを刷りました。後述。

 

 表紙では隠れてしまうこの右手の表情が大好きで仕方なくて、一瞬 口絵か何かで入れたい! と思ってしまいました。どこを切り取っても好きですが、とりわけ表情とこの右手を見るとぼろぼろ泣けてしまう。

 

 格好いいから見えるように、と描いてくださった鋲靴のディテールもまたたまらない。この軽やかな足取りも大好きで、鮮やかさもありショップのヘッダーにさせていただきました。

 

 フレーム内の一見「8時6分23秒」に見える表示は、イギリス式の日付表記として見ると発行日の2023年6月8日と読めるようになっています。発行日やここへ入れる数字の候補は他にもあったのですが、現代だと登頂時刻08:06はアリなのと、描かれているイラストとも馴染むことなどからこうしました。

 ポーズなどの意図などはCさんご自身でラフ内に書き込んでくださっている通りで、先のPDFに載っている花言葉と併せればほぼほぼ「表紙の解説」は完全なものになっていると思います。

 ただ途中で付け足していただいた要素もあり、それが左胸ポケットのそばの四つ葉のクローバー。花言葉が「ある登山家の遺稿」のイメージであると同時に、幸運の象徴としての役割が、遠征終盤のマロリーがアーヴィンを幸運のお守りのように見做していたという話と絡めたものでもありました。作画中にCさんが四つ葉も入れた方がいいかと訊いてくれてこの話をしたところ、ここに配置してくれました。

 

 こんなにいい絵で本を包んでいただけること、言葉を尽くしきれないものだとつくづく感じます。それでもお礼を繰り返すことしかできず。本当にありがとうございました!

 

書籍とポストカード

 少部数ですがオフセット本とポストカードを刷りまして、これまたCさんのおかげで長旅を経てイギリスまで無事来てくれました。

 

 本の装丁は、カバーがパチカに熱プレス、表紙がシェルルックツインスノーという特殊紙。ポストカードはミランダスノーです。本とカバーは緑陽社さん、ポストカードは栄光印刷さんにお世話になりました。印刷がもう、ほんっとうに綺麗!

 Cさんが丁寧に調整してくださった青や赤、肌の色味もとても綺麗に出ています。惚れ惚れしてしまう。

 オフ活動の経験が殆どないので印刷所についてもCさんにアドバイスを頂き、その中でも緑陽社さんのクオリティが凄いとのことで。頻繁に本を作るわけでもなし、この素晴らしい表紙絵でもあることだから是非にと思い緑陽社さんで刷っていただきました。手に取り見つめる度、選んでよかったなあとしみじみしています。原稿作成中もご丁寧にご案内いただきまして、本当にお世話になりました。ありがとうございます。

 

 本の表紙とポストカードに使った特殊紙はラメ感があり、特に明るい部分がざらついてキラキラして見えます。私事ですが初めて登った雪山の夜明けに凍った雪がちらちら光るのを見たのがとても印象深く(凍った雪があんな光るなんて知らなかった)、同人誌作るぞ〜となったときホログラムではなくあのようなちらつくざらつきのあるキラキラ感が欲しくて……。ラメというよりもパール感強めに感じますが、陽射しの強いところで見ると細かな粒が光って眩いです。

 

 こちらの画像はポストカード。

 本の表紙にはシェルルックツインスノーを選びましたが、ミランダスノーは最後まで残ったもうひとつの候補でした。ポストカードで使うことが出来て満足。シェルルックとはまた違った煌めきできらっきらしています。ラメ感が強い分、初の雪山の朝に見た光の印象はこちらの方が近いかも。エヴェレストの雪ってどんな風に輝くのかなあ。

 

 カバーに使用したパチカは熱を加えながら圧をかけると透ける面白い紙で、「生者の体温で溶けた雪の下に、本来見えてはならないものが透けている」イメージのデザインです。白(雪)、黒(岩)、銀(雪・"銀嶺")、青(空)と、エヴェレスト高所を構成する色味を選んでいます。

 タイトル配置が縁ギリギリなのは旅路の崖っぷち感を表したかったから。ぱっと見た時にバランス悪く感じるのは承知していたので悩んだけれど、この要素を入れられる場所が他に思いつかず。ロゴはヴィクトリアン風フォントをトレースしたものです。1920年代はジョージアンですが、まだ雰囲気の近いフォントは使われていたようなのでね! 見出し風のレトロフォントは遠征関係のメディアを連想するところでもあります。

 表紙イラストの仕上げ時は、このRに重なるように赤いヒャクニチソウを配置してくれました。このアクセントがほんと~に可愛い!

 パチカは性質上折り目がかなり弱くなるため、パチカカバーの上から更にカバーをかけて何度も開いている自分の本は、既に背表紙カドも擦れてほぐれつつあります。かなり儚いカバーですが、これもまた熱型押しプレスとは別の形での「体温に溶ける雪」であり、「その下にあるものを覗くということ」と捉えるのがいいのかなあと。ちぎれるくらいぼろぼろになったら、タイトル部分を切り抜いて栞にしようと思います。

 

 本文300pって普通に商業文庫本くらいあるよな~と思っていたら想像以上に "圧" があり笑ってしまった。ちょっとだけ自分の熱を俯瞰する視線を得た気分。

 動画を見ていただくと分かりやすいと思いますが、背表紙もがっつりブルーで最高です。念願のテーマのこんなに分厚い本があるの、手前味噌ながら嬉しすぎる。そして天地小口がすべっすべで気持ちいい~。

 

 紙面も圧があります。これ以上余裕を持たせたりフォントを大きくしたりすると流石にページ数がね……! もう1mmノドに寄せてもよかったかも? とは思いますが、大きく開かなくても読めるので表紙に優しめ。
 古い新潮文庫のレイアウトを確認しながら許容範囲だと念じて設定したものでした。個人的にはかなり好きな雰囲気に仕上がっています。もう少しシンプルなフォントの方がすっきりしたでしょうが、しっぽり明朝さんが大好きでね! 百年前の人々を中心に据えた本なので、もしいつかお手に取ってくださる方がいらっしゃいましたら、このちょっとレトロな雰囲気もお楽しみいただけたらと思います。

 

 帰国後コミティアに参加・頒布することを前向きに検討しているので、ポストカードはノベルティとして付けようかと考えています。何も無ければ来秋のティアかな。

 一応イギリスから日本まで送料+梱包材費が約2000円(円安)、配送期間5~7日程度で送れるらしいことは分かったのですが、クッション付き封筒とはいえ不安が残るので、やっぱり通販ルートに乗せられるとしたら帰国後になりそうです。

 

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 EverRest についてはこれで一区切りとします。とはいえ何か思い出したら書き足すし、Twitterでは今後もちょこちょこ触れていくと思います。いい本になりました。

 来年本当にイベントに出られるようであればまた告知などもしていきますので、ご縁がありましたらその時はどうぞよろしくお願い致します。

 

◆ショップページ◆

※こちら前記事で言及していた『マロリーは二度死んだ』の件を加筆し、目次リンクが機能していない不具合を解消した第二版に差し替えています(7/16)。もし文字化けしたり、まだリンクが機能していないようであれば、お手数ですがTwitterか記事コメント、あるいはBOOTHメッセージなどでご一報くださいますと幸いです。