CampⅦ

1920s Mt.Everest Expedition

EverRestについて② - 収録作余話

 本をDLしてくださった方、ご購入くださった方、ありがとうございます。手に取ってくださる方々がいるのだということに少し驚いていて、とても嬉しいです。

 SNSでの人間模様に疲れてばかりだったのが嫌で、今は公開垢も壁打ちに近い運用をしており、気疲れしない代わりに視野が狭くなっていることを実感します。がっつり登山系の方に触れられると一層どきどきしますね。アウトプットがサブカル的タッチなので不快でなければいいなあなどと思いつつ……実話パートは論文みたいにガチガチのスタイルでこそないけれどノンフィクションとしてまとめているので、ここだけでも楽しんでくださっていたら嬉しいです。

 

 今回は収録作のことについてこまこま書き留めておきたいと思います。同人誌の内容について触れています。思いついたらちょこちょこ加筆していく。

 解題に倣って、基本的に実在人物をマロリー/アーヴィン、架空の登場人物をジョージ/サンディと表記します。長いのでつづきに折りたたんでおきます。

 

フィクション

 まずマロリーよりアーヴィンに焦点を当てた構成になっていることを商品詳細に書いておくべきだったと反省しています。マロリーを期待して見に来てくれた人がいた気がしたのでショップページに追記しました。基本無料だしフォロー範囲外で手に取る人自体ほぼいないだろうからいいかなと内容に細かく触れないようにしていたのですが、これについては最初から書いておくべきだったなあ……すみません。

 サンディ多めになっている理由(というほどしっかりしたものかは分からない)は本の中でも軽く言及していますが、「直接登場しないけど存在感をひしひし感じる」ポジションが大好きで、幽霊モノをやるならジョージはこの見えないけど鍵になっている雰囲気がしっくりくるというのもあります。立場は逆になるけどA Deathful Ridgeで隠遁生活を送るジョージの陰に感じるサンディの気配とかすごく好き。

 

白銀の一等星

 ブログにも置いているSTARGAZERからの一部抜粋です。転職してから忙しくなって進まなくなっていたけれどちゃんと書く気はあるので、EverRestも終わったしこっちの続きちゃんと書いていきたいなー。抜粋元からの変更は細かい部分ばかりです。抜粋元ではここから急にクトゥルフ始まるんだよな……と思ってひとりでワクワクしたりしていました。

 あまりがっつり登攀シーンは書かない(書けない)けれどこれだけは頑張って書いていたので、量だけはだいぶ書いてきた中でもかなり気に入っているパートです。自分でも女性的な筆致だと感じますが、逆にそういうタッチの24年ファイナルアタックって珍しいじゃんという開き直りもあり。

 この話のサンディがだいぶ抒情的な思考をしているのは、初期作の空気感と、抜粋元の長篇でその後の展開に繋げていく必要があるというメタ事情の名残です。アーヴィンがマロリーに心酔していたという言説を見る度に、彼がそんなに人に心酔するタイプだろうか……という疑問を抱くので、意図的にそれっぽい描写をするのはちょっと珍しかったりします。

 初期作なので思考が素直に前向きで気持ちいいな〜と、今見返すとちょっと眩しい思いです。執筆時はアーヴィンが人見知りの酷い内向的な部分がある人物だということを知らなかったのも影響しているかな。直近のBlood〜で顕著なように、今だともっと計算もできて、振舞いの印象と内面での思考にいくらか乖離がある人物像と思っています。彼の顕著な性格要素のひとつである親切さも、元は幼少期に危険なことや奇抜なことをして人目を惹こうとしていたのが、学校に通うようになって以降、人気者になるなら周りに親切にした方がいいのだと気がついたからだろうなんて推測もされているくらいで。親切で謙虚で良い人ではあるけど、語られがちな像のように「人畜無害で都合がいいくらいのお人好し」という印象はないです。

 一方でジョージはちょっと完璧すぎるくらいの触感があるような。そこそこ長いあいだ資料を読んでいてもマロリーの人物像を捉えどころがないように感じていて……「完璧な騎士のように語られるけど人間臭いところが色々あるらしい」「寛容なのに短気」「凄いクライミングをするのにそそっかしい」など相反する要素が多く戸惑っていました。このパートはある程度輪郭が取れたと感じるようになってからの作だったと思うのですが、長篇のサンディ視点なのもあってBlood~の一人称視点なんかに比べると作りものっぽいですね。

 資料や証言からオマージュしていたり要素取り込んでいたりする描写が色々あるのですが、睫毛に霜がおりてきらきらしていたあたりは『沈黙の山嶺』1921年遠征パートにある記述が元です。マロリーに関する証言は耽美なものやロマンチックなものも多くて、でもよく知る仲だと「あいつがそういう雰囲気なのは見た目だけで実際なよなよした感じは全然ないぞ」と付け足されていたりするのが面白い。ダヴィッド・パイ『マロリー追想』、いい本です。愉快エピソードも色々載っているので是非。

 

公募隊憑きの幽霊

 元になったアドリブ掌編はこれです。

 個人的に語り手はかなり元気で楽観的で少々やけっぱちなタイプの若者のイメージがあるのですが、同人誌用に加筆修正するにあたって語り口を変えたこともあって、そういうタイプを想定されることはほぼ無い気もします。お金がなくて、でもどうしてもあの山に登りたくて、重さはともかく覚悟は伴っているのでしょうが、ある程度自分の命を軽んじているタイプの若い密入山者。

 しかし北東稜ってかなり中国当局の目が厳しそうな印象を受けるのですが密入山可能なのでしょうかね……その辺りはフィクションということで。

 衝動的に絵が描きたくなってバストアップを描く→アドリブで掌編をつける→同人誌用に加筆修正する という流れなので、キャラクターとして明るい人物像なのにいまひとつ陽気な笑顔のイメージがなかったりします。読んでくれた人の中ではちゃんと笑っているといいなあ。

 ガイガー『サードマン』の中で、ウィルソンの例を挙げてサードマンは助かろうとしない人を助けることはできないということを書いているくだりを読んで、そうだろうなあと頷いていました。解題でも書きましたが、この話の「サンディ」が引き留めたのに無視しても助けてくれた(ような形になった)のは例外。

 英題はThe Ghosts Aboveというドキュメンタリー映像のオマージュです。

 

ある登山家の遺稿

 解題にもある通り、この話の「サンディ」だけアーヴィン本人とイコールではない存在という設定です。正体についての解釈余地は広いけれど、少なくとも当人と言えるほどの純度はありません。

 エヴェレストを舞台としたゾンビものが欲しいなーと思っている時、遺体があとをついてくるイメージがわいたところから始まった話だったような気がします。ウォームボディーズや屍者の帝国やスリーピングデッドなど、可愛いゾンビ・アンデッドが大好きで。ついでに「黙々と後をついてくる人懐っこくて寂しがりの死者かわええ~^^」という趣味があるので、読み返す度に真っ先に湧く感情は常に「かわええ~^^」です。

 怪異や幽霊が友好的な話も好きですが、やっぱり殺しにかかってこられる怖い話も好きなわけで。でも基本的に実在人物、それも時代の近い人物をモデルにした登場人物の出る話を作っている以上そういう動かし方は気が引けるため、色々なものが混ざっている "幽霊" が登場するこの話はちょっと例外的な展開になっています。

 大好きな古典怪談のテンプレをもりもり入れられて、イコールで結べる設定だとやらないような幽霊の動き方も入れられたのがとても楽しく、特に気に入っている話のひとつです。昔話でも現代の作品でも、死者や人外と交わした約束を反故にしようと足掻く生者の話を見る度に約束は守れよ~と思うタイプなので、自分が書く時には99%守らせます。

 結局この登山家はこの原稿を書き終えた直後に死んだわけですが、どういう死に方をしたのかは自分の中でもぼんやりしたままの部分です。真相が彼の思い込みであれオカルト的なものであれ、警察には自殺(あるいは迷宮入りする変死ないし突然死)として処理される状況になっていそうな気はします。執筆当時存在を知らなかったので全くの偶然ですが、SCP-1529の記事を読んだ時に視点人物の死に方はこんな感じかもしれないなあと思ったりもしました。拳銃自殺していたとかでもいいと思います。殺しにかかってくるタイプの怖い話が好きと言っておいて何ですが、結局は落ち着いて受け入れていてもいいかもしれませんね。

 英題はクロフォードのThe Dead Smileからですが、これは邦題『死骨の咲顔』がとても好きなタイトルで、どちらかというとこちらの触感からとっています。「サンディ」の笑顔でもあり、メインタイトルと併せて最後には彼が笑う結果になったよというオチの示唆です。

 

ミッシング・ボディAの肖像

 The Third Poleが出版され書評を目にする前では書けず、『第三の極地』を読んだ後でも書けなかった狭間の産物です。アーヴィンの遺体が中国によって密かに下ろされているという説を知る前でも、ラサにいる見込みや、遺体が人為的に酷く傷つけられている可能性を提示されてからでも書けなかった。

 本当にこの本がキツくて……とても良い本なのですがこれまでで一番トラウマになった一冊です。2月に日本からわざわざ数千円の送料払ってなる早で取り寄せたのに、結局読み終わったのが5月という。変にアーヴィンに思い入れを持つ前に読んでおくのがいいのだろうと思います。

 収録作の扉で年代の決まっているものは数字で提示し、幅のあるものや適当に代入してくれればそれで成り立つものはXとしていますが、この話だけ極秘資料の塗りつぶしに近いイメージでスミかけています。

 一行小説を書くのはこれが初めてで形式的な意味での実験でもあったのですが、友人たちに読んでもらったところ余白部分の捉え方が自分の想定とはかなり違っていたのが面白く、このやり取りも含めてちょっと特別な印象のある一本です。

 私の想定は、ボディAと幽霊はサンディで、視点人物の性別は敢えてどちらでも違和感がないようにしているけれど感覚が女性的な気がする。色々薄暗い施設の掃除などしている下級職員で、態度がフラットで裏表がない人物。話のスパンは視点人物の新人時代から退職後までの数十年間のつもりで書いていました(ある程度想定する筋がないと書けないだけで、これが正答というわけではありません)。

 友人のひとりはSCPモノとして読んでくれたそうで、もうこの時点でそれ絶対面白いじゃん! とテンション上がってしまいました。それ読みたいな。視点人物は若い男性職員、ボディAはジョージで幽霊がサンディ、比較的自由に移動しているようなので殆ど危険なことはしないのだろうと。

 別の友人も視点人物は男性想定で、ボディAはジョージ、幽霊はサンディ。先輩と視点人物はジョージとサンディに対置されている登場人物として読んでくれて、特に後者が面白くて私の頭が思いついたことにならないかなあなんてことまで思いました。タイトルについても考えてくれて嬉しかった。

 ふたりとも私のツイートを見ているので遠征についてはある程度知っており、マロリーの遺体が見つかっていてアーヴィンが未だ行方不明であることなどは知っているのですが、この話のフックとなった「密かにアーヴィンの遺体がおろされて中国(チベット)に隠されている」説はマイナーなため知らなかったので、違和感は感じつつもボディAをマロリーとして読んでくれたそう。多分ですが、『第三の極地』未読かつ99年のことについて知っていると殆どその読み方になりそうな気がしています。

 自分の想定した話から離れた読み方が出るということはこの一篇が持つ物語の数や幅が広いということなので超嬉しいですね。もうこれで三篇生まれているも同然だからね。

 この話を読んでくれた他の人たちはどういう情景を浮かべたのかな。これだけはちょっと積極的にフィードバックを求めてみたいかもしれない。

 イメソンと言うにはゆるいですが、完成してから久しぶりに「ずれていく」を聴いて暫くループし続けていました。

 

オールドテントの待ち人

 ちょっと叙述トリックに近いものを試したくて書いたもので、自分では正直なところ話そのものは面白味に欠けるかもなあと思っていたりします。オマージュ元として出すべきであろうエイケンの『マーマレードの酒』が面白いので少し申し訳なかったり。でもどうだろう、こういうものの方が走り回るより好きな人もいるかな。幽霊とお茶をしばくのは大好きです。

 夢の中で思考が空回りして簡単なことが出来ない、判断できないことが多くて、そのもどかしさがかなりこの短篇の語り手が感じている輪郭のぼやけた苛立ちに近いのですが、作品としてアウトプットするならもう少し良い手があったかな~という気もします。まあプロの作家じゃないし、そう上手くいかないこともあるか。ただ好きなシーンもあって、103ページなんかは思いっきり趣味の出ているところです。

 この話のサンディは毒にも薬にもならない地縛霊の類で、すごくフラットにただそこにいるだけだし、若干SAN値低そうでも人格はほとんど変わっていない設定なので全然怖い存在ではないのですが、語り手が勝手に怖がっている(そしてその語り手も……)なのはちょっとコメディタッチだなあと思います。この話コメディーなのかも。

 語り手の詳細は読むにあたって確定させる必要のない情報だと思うので、敢えて本の中では一切書きませんでした。ただ執筆当時から、なんとなくインドかパキスタンのとても若い女性登山者のイメージがありました。そしてこの5月に『第三の極地』を読んで、インドではエヴェレスト登頂を果たすことにより人生の一発逆転が期待できるため貧しい家の子供が危険な登山に挑むケースが多いことを知り、語り手もそういう十代後半の少女のひとりかなというイメージになりました。ただ作中では性別国籍生い立ちなど一切書いていないので、読んだ人に自由に解釈してもらえればと思っています。

 英題は大好きな曲から。MVは歩み続けているので真逆なんだけどね……!

 

Phantom Ridge 1933

 メタい話をするとプロローグの元になっているSTARGAZERと同軸の話として書いたものですが、短篇集の中ではあくまでもプロローグから接続することが可能な話として扱っています。その割に解説で長篇絡みのこと喋りすぎた気がする……。抜粋元に登場する "エヴェレストの幽霊" は所謂ゾンビ的なものであり実体のない亡霊ではないのですが、この話単体だとスピリット的な解釈の余地もあるかもしれませんね。

 収録している中でもかなり古い方の作ですが、早い段階でスマイスのことを知ってこういう形で書いていてくれたことが、後々の自分にとって結構嬉しかったりします。ただスマイスがこの時一緒に登った存在を24年隊隊員だと思っていたというような言及は一切無いです、念のため。

 GhostNoteの章を書くためにエヴェレストの幽霊関係は色々頑張って調べ、これまで知らなかった話もいくつか出てきましたが、個人的にはやっぱりスマイスのエピソードが一番好きです。ミントケーキを分け合おうとする情景がとびっきり良い。

 

Blood and Sand, Our Beloved Blue Paths!

 解題でも触れていた友人Cさんの描いてくれた絵はこちらです(公開許可頂いています)。

 「手元の何かを二人が見てる時にふっとカメラ構えられたとかそんなイメージ」ということで描いてくれたこの絵が嬉しくて、「Roll Pl/ray」「The Ladies of the Mountain King」「The Ghostlier Wanderers」が生まれたり原形ができたりしました。

 同人版として構成を考え直すにあたって少し軸が変わりましたが、遠征の一幕、それも大きなターニングポイントではなくなるべく何気ないシーンをスケッチするようなつもりで書き下ろしを加えたのは、この絵から受けたものを引き継いでいる部分です。

 それから元々はA5二段組のレイアウトで4p以内に収まる短い話で連作を作ろうという意図もあったものでした。原型からほぼ手入れしていないThe Ghostlier Wanderersが加筆修正前に狙っていたテンポに近いです。

 掌編集タイトルの blood and sand は、たしか Sandy に因んだ諺を探している時に見つけた慣用句だったと思います。beloved と blue は b で韻を踏もうとしていて、 blue paths は『遥かなる未踏峰』原題の Paths of Glory をちょっと意識していました。 

 24年を描いた作品は、とりわけマロリーとアーヴィンについては割とストレートな信頼感や絆を描くものが多いように感じていて、でも細かな話や後世の遠征についてなんか見ていてもまあ……多分に政治的というか……隊員選抜が政治的なのは『沈黙の山嶺』でも書かれているのですが、内部模様も普通に考えたら必ずしも気持ちいいことばかりではないよなあと。自分も大概お人好しだと思うし綺麗なものを見ていたい気持ちは強いけど、ちょっとどろっとしたものを乗り越えた上での信頼や気持ちのいいものを描いてみたいなあという気持ちでの再編でもありました。値踏みや検討を経た上で選び選ばれ築かれた信頼も別に悪いものじゃないと思います。命を預け合うなら尚更ね。

 

Burnt Our Bridges

 いきなり変な話をしますが一人称がとても好きです。原語では I でしかないものをどう訳していくのか、それによって雰囲気の変わる部分などが面白い。そしてマロリーや彼をモデルとした登場人物の語りを邦訳する時に、TPOや相手によって「ぼく」「おれ」「わたし」を使い分ける訳が選択されることが多いのがかなり好きです。

 自分が書く時には素と家族相手だけ「僕」、友人や遠征仲間などには「俺」、距離のある相手や公的な場では「私」で分けて書いているのですが、これだと視点人物を家族以外の他者にとったり三人称視点だったりすると一切「僕」が出ないので、この話は久しぶりに彼の一人称視点で書いた「僕」の話としても楽しかった一本です。でもやっぱり一人称で戦争のことに触れるのは避けられるなら避けたかった。

 マロリーが親友(デヴィッド・パイ)からそんなに陽気なタイプじゃないような言い方をされていたのと、理想はありつつも悩みを即すっぱり割り切れるタイプじゃないだろうなという印象があって(これは文章の書き方が凝っていて少々回りくどいせいかも)、この話ではその辺りのイメージが強めに反映された気がします。

 マロリーから見たアーヴィンの眩さってどういうものかな……と考えた時、この話のラストはその一端に近いものが書けたような気がします。これだけじゃないんだけどね。彼視点で同じ場面を書いた話も入れる気で少し書き始めましたが、他の話で書くものと要素的には似通うので、わざわざそこまで野暮なことしなくてもいいだろうと没にしました。

 そしてしれっと1920年代にスエズ運河のない世界線を書いてしまっていました、すみません! 彼らも普通にスエズを通ってインドへ向かっているので、ゴードン・ピムめいた南半球の陽は無かったはずです……。

 

Swap Horses in Midstream

 遠征モノで滅多に見かけない雰囲気の話じゃないかと思います。会話内容や焦点当てている人物という意味でも、登攀ではなく待機に近い状態を書いているという意味でも。

 この話をはじめサンディがちょっとひねくれた感じのキャラクターになっているのはFearless on Everestから受けた印象が殆どですが、邦訳がなく自力でちまちま読んでいた上に頭からの通し読みではなく順序バラバラで読んでしまったので、そこから受け取ったものが大きく乖離していたりしたら申し訳ないなあ。

 作中でサンディが話しているジョージへの戸惑いは自分が初期にマロリーについて読んでいる中で感じていた戸惑いに近いので、ちょっと思考を反映しすぎてしまったかもしれない。でも神話化された描写とイメージを抱いた状態で人となりに触れていくと困惑しない……?

 「悪魔憑きのテーセウス」はミノタウロス伝説のあれとサンディの5月4日の日記からです。

 

Roll Pl/ray

 ロンブク寺院での話として書いていますが、モデルになった出来事はシェーカル・ゾンの僧院でのことです。完全にごっちゃになったまま書いていて最後まで気づいていませんでした……ごめんなさい!

 掌篇集の中では最初に出来た話ですが、加筆修正に伴ってサンディが結構キリキリしている状態になりました。

 アーヴィンはポーターたちにも親切で人気があったそうですが、酸素シリンダーを銅鑼としてあげた話は、最初知った時には悪魔の話でおちょくっているように感じてどうにもな……と思っていました。これどうなんだろう、現代の感覚からするとやっぱりあまり良くない性質のものなんだろうか。でもアルパインクラブで実際に当時のシリンダーを叩いてみたら尋常でなく良い音がしたので、銅鑼としては普通に喜ばれると思ってあげたような気がするし、悪魔の息吹についても今となってはアーヴィンなら悪い意図なくそういう冗談言うだろうねって思います。

 ジョージの発言も現代の倫理観では引っかかるものだと思った上で書いています。百年前に生きた彼らの言動を現在の尺度でジャッジするなら相応に言葉を尽くすべきだと思いますが、結果だけ言うなら彼の思考や言動は現在ならアウトなものがあるわけで。露骨にそれを押し出して書くほど意地悪なことをする必要性は無いけれど、この会話の流れならまあこのあたりが妥協ラインかなと思って書きました。

 

True Love is Like Ghosts

 唯一書くのが苦行だった作です。難しかったのもあるけどほんとにこれだけ "苦" の感情が強かった……楽しさが無かったわけではないです。

 自分から触れに行っておいてこんなこと言うのもどうかと思うのですが、不倫や浮気の類が現実でもフィクションでもマジで嫌いなので、執筆に難航しながら本当にこれを入れる意味があるのか? と自問し続けていました。結局タイトルにも引いてきた警句が好きなのとマロリー夫妻が好きなのとでなんとか書ききって入れることにしたのですが、その後で読み進めた『第三の極地』で2015年にマロリーが浮気していたっぽい手紙が見つかっていたことを知って天を仰ぎました。茶番?

 まあそういうことがあったとして無理やり話に反映するなら……というのは解題でも書きましたが、自分のスタンスもそこに書いた通りなので、この話では上手くいかない部分はあったにしても愛を語ることのできるキャラクターとして読んでもらえた方がいいかと思います。正直ルースは物凄く苦労していたはずだし、マロリーが夫として良い人だったかはちょっと即答しかねるんだけど、これフィクション小説だからね。

 

The Ladies of the Mountain King

 マロリーには子供が三人いましたが、次女のベリッジは長生きせず、長男ジョンは父親が亡くなった時まだとても幼かったからか、彼の思い出は長女クレアによって語られていることが多いです。個人的なことながらこの女女男の構成も年齢差も自分と全く同じで、なんとなく子供たちの中では同じ長女のクレアに移入しがちな気がします。この話はジョージ視点ですが、クレアはプモリにまつわる話をどう感じていたのかな~なんてことも考えていました。白人的といえばそうなのですが、もう少し優しめに捉えたい気持ちもわくエピソードです。いやこれは同情心が過ぎるかな……。

 渡英してから知ったことですが、最近の遠征関係展覧(特に王立地理学会のもの)は、現地サポーターにもより焦点を当てた触れ方に変わってきています。こういうことを考える時、「英雄化された白人」を見ている「黄色人種の自分」というカテゴライズの枠が出てきちゃって、なんだか悪いことをしているような、浅薄で然るべき自覚や思慮が足りていないような、ちょっと居住まいの悪い思いをします。考えるべき問題だけど、普段は「マロリーとアーヴィン」を見ている「自分」でありたいんだよな。我儘なのかな。

 閑話休題。アーヴィンが現地語を一言も喋れなかったというのは、たしか『沈黙の山嶺』で読んだ言い回しだったと思います。遠征中ずっと全く喋らないままだったかある程度単語を覚えたかは分からないけれど、多分挨拶や最重要単語くらいは覚えたんじゃないかと思うのでちょっと誇張気味です。多分。手紙に自分の名前をネパール語で書いて家族に送ったりもしているので全くの無関心ではないようだし、彼の性格なら少しでも言葉を覚えたら打ち解けやすいのは分かっていて利用するだろうと思うのですが、マロリーが船中でヒンドゥスタニー語を勉強していたような積極性は無いだろうというイメージです。

 

The Day You Made Me a Hero

 タイトルのフォントは Everyday Ghost です。かわいい。

 有名な写真のアングルを入れることに意味がある場合ならともかく、見つからない遺体や6月8日の夜を明瞭に書/描くのはなるべく避けたい。掌篇集の指針のひとつとしても致命的な場面にごりごり触れるのは厭。でも最後の話へ繋ぐのにこの夜のことを完全に飛ばすのも意味が分からなくなりそうだし……というようなことを考えた結果この形をとりました。

 これ文章コピペで読めるのかな? 自分で試してみると文字化けしてすぐには読めず、その方が本意ではあるのですが、一応見えない部分も書いてあるので読めるならそれはそれで別にいいかなという感じです。画像化することも考えましたが本文中で解像度が変わるのも嫌だったので見送りました。

 精神的に強くて自立心があり、徹底的に現実主義で信仰心は薄い彼が、サードマン現象を自分から否定してしまう話……ですが、この話を書いた時はまだあれらの現象に名前がついていることを知らず。『サードマン』いわく、精神的にタフで生還への意志が強い・低体温・トラウマ体験・喪失体験(突然仲間を失った)……などの要素は寧ろこの現象を引き起こしやすい条件なので、これを読んだ後で書いていたら違う内容にしていた気がします。

 

The Ghostlier Wanderers

 解説にも書いた通り、この話の淡々とした軽さが好きで殆ど手を入れずに収録しました。

 ねちねち説明過多な文章を書きがちなので、遠征に付きまとうしがらみめいたものと、そういうものから解放された自由で淡白な軽やかさとの対比を出せていたらいいな。自分としては、白く光る雪面を撫でながら抜けた青い空へ吹き上げる澄んだ風の気持ちよさを感じられて、珍しく質感に近いものが出たかな……と思っています。味や質感や色のない文章しか書けないから、自己満足の領域でも嬉しい。

 最初はBlood and Sand...の次にPhantom Ridge 1933を収録して小説パートを締めていましたが、表紙イラストのラフを見て並べ替えました。ハッピーエンドの話が少ない(そもそも終わりを書いていない話が多い)ので、後味のいいこの話で締められてよかった。

 

 Blood and Sand~全体としては「脈打つための手引き」(ニコニコ動画版)がしっくりくるなーと感じています。

 本書からは脱線しますがYouTube版はA Deathful Lidgeにしっくりくるので、妙なところから質感の違いを実感していました。

 

Sic Itur ad Astra(没稿)

 表紙イラストから膨らませた短篇を書き下ろしで入れて、これで小説パートを締めにしようかと考えていた時期が一瞬ありました。

 ただこの話を入れると表紙イラスト=この話の絵のようになってしまうのが気乗りしなかったのと、この流れはやるとすれば長篇などで腰据えてやるべきことだな~と思う筋になってしまったので没にしました。なろう系みたいになっちゃうの嫌。

 

ノンフィク・エッセイ

GhostNote

 実話(?)集。本腰入れて調べる機会を作れてよかった。

 書籍内でも書いている通り、極高所におけるこの手の話を読むなら怪談系から探すよりもガイガーの『サードマン』を読んだ方が遥かに早く多くのエピソードが集まるようです。登山書ではなく心理学に近い本ですが、事例紹介が多くて心理学に詳しくなくても楽しめます。類似ケースが多くて飽きちゃったという書評を見たしその気持ちも想像がつくけど、それだけこの優しい気配や言葉が見出されてきたのは嬉しいことだなあと思います。おすすめ。

 交霊系エピソードを訳しながら誰だお前! という気持ちに何度もなりましたが、本書の6割が自分の書いたフィクションであることを思うと何も言う権利はない気もしますね。ただエピソード背景的に、彼らがこういう人物だと思われていたらしいという事実は興味深いです。だってフランス語やギリシャ語ボロボロで浪人中苦労しまくったアーヴィンが息も絶え絶えの中 excelsior なんて……言わないだろう……!

 そして自分でもミスをしていました。マロリーが教員補助として採用された話に疑いの目を向けていますが、こちらFearless on Everest内に同様の記述があったので自分のリサーチ不足です。スエズ運河の件と併せ三版にて修正予定です。

 完全に忘れていたのですが、ラインホルト・メスナー『マロリーは二度死んだ』も一応ジョージの幽霊が登場するという扱いで紹介すべきだった気がします。PDF版はファイル差し替えができるので、先述のミス修正と併せて改訂するときには加筆しておくつもりです。二版にて加筆修正しました。個人的に20s遠征に関わる書籍の中ではワースト2にあたる本で、感情としては勧めるようなことはしたくないのですが、感情で除外するのも嫌だからね。ロープを引こうとしてやめるシーンの、ちょっと物悲しさを感じる雰囲気だけは好きです。

 

君の黄金の午後

 最後のあれは削るかどうか随分悩んだ末に、気に入っているのとお金払ってくれてるんやぞという思いで入れたままにしました。歌は好きかそうじゃないかの感覚しかないので巧拙は分からない。「誇りは青」「青き道」「きみ(に)血巡る」「満ち巡る」の掛けくらいです。前職の空き時間に即興短歌を作ってた時期があって、これを最後にぱったり止まりました。この本に一句詠んでくださった方がいらして頬が熱くなりました、とても嬉しい。

 チェシャー旅行については、ロンドン以外のイングランド中部~南部を起点に一泊二日&公共交通機関でモバリー・バーケンヘッド・チェスターを回ろうとするのはなかなか大変(イギリスの公共交通機関網はかなり酷い)なので、レンタカーを使えるなら絶対その方がいいと思います。ロンドン発なら電車か飛行機ですっと行ける気はするけど試したことないので分かりません。

 あとこの記事読んでくれるような方で来年夏までにオックスフォードへ旅行に来る人がいればマートンカレッジくらいはガイドするのでお申し付けください。アーヴィンの記念碑とか案内します。

 

***

 

 次の記事で表紙の話をする予定です。喋りたくて仕方ない。

 

 


 

 オタクのブログなのでオタクの話をします。

 

 おまけ①

 各作「幽霊」のデザインマイナーチェンジ。

 すごくキャラクター的な話で申し訳ないけど久しぶりに絵を描いて楽しかった。

 公募隊憑きは「親切なエヴェレストの幽霊」の総体のような動きをするので、サンディをベースとしつつジョージの要素もかなり混ぜ込んだようなデザイン。

 遺稿・肖像・待ち人はごりっと瞳孔が暗くて怖めのビジュアルです。作中で瞳孔が広がっている描写があったり、語り手視点で瞳が青いのか黒いのかよく分からなかったりする「幽霊」たち。

 待ち人は最後の日々の面影を強く残していて、幽霊ですが青白さよりは日焼けの痕などが強く残っている方が目立つようなイメージ。

 1933についてはメタくて申し訳ないのですが、軸になる長篇の都合で眼は生体とほぼ同然のアンデッドという設定なので、基本的に死体のそれだけど眼はハイライトも入るようなちぐはぐなデザイン。遺体の目撃情報を反映して頬に傷があるのも、収録作の中では彼だけですね。

 Blood~は気持ちよく軽やかな「その後」を書いて終わる話なので、ビジュアル的な怖さや違和感は殆どありません。

 というようなイメージを持ってはいますがこんなの作者が勝手に言っているだけなので、自由にイメージしていただければ……小説の良さのひとつだしね!

 ベースデザインも元々CoCシナリオのNPC用に作ったものを全ての文脈で流用しているだけで……特徴は取り込みつつも敢えて人間として似ないように作ったキャラクターのものなので、普段のTwitterの妄言を見ていない方がもし小説パートを読んだら実在の彼らのイメージで映像が浮かぶのかなと思うと、面白さ半分怖ろしさ半分。いや表紙があるからせめて「サンディ」はそちらで……ね!

 

 遺稿の兄弟はぼんやりこんな感じの雰囲気イメージがありました。仲はいいけどあまり似ていない。ブラム・ストーカー『判事の家』が好きな怪奇短編のひとつで、弟の方はちょっとあの主人公に近いイメージがあるかも。語り手はマロリーとは全然似ていない設定なんだけど絵が下手なせいで初期アバターに似ちゃっているね……。

 

 おまけ②

 「ミッシング・ボディAの肖像」派生漫画ラフ あくまで一解釈

 アーサーとアレキサンダーアレクサンドロス)が共に超有名どころの英雄の名でもあるのは狙ったところ。その背後でどんな手引きがあったにせよ、あなたもまたヒーローだ。